· 

欲しい欲しい

生き方


欲しい。欲しい。

そりゃ欲しい^ ^

何が?

そりゃあ

愛とかお金とか名誉とか•••


ちょっと考えてみましょうよ。


例えば、

異性から欲しい欲しいあなたの愛が欲しい!

って言われたらどうでしょう。

しかも、執拗に強硬に。

いくら好意を持っている人にでも、

わっ!吸われる吸われる。

やばいやばい。

逃げよう逃げよう。

逃げないと干からびる。

エネルギーを奪われる。

ってなると思います。


人間関係が苦しい時ってそんな時

生き方が苦しい時ってそんな時

なんじゃないかな?


自分では気づいていないけれど、

相手や周りや社会に「欲しい欲しい」を

連呼している。

言葉で連呼しなくても、

やっぱりエネルギーの波動みたいなものが

敏感に察知出来たりもするのが我々人間。


つまり、

欲しがる人には与えられない。
(欲しがりすぎる人には)

ってことが言えると思います。

いつの間にか、

自分のニーズが優先し、

相手の時間や労力を奪う。

で、

相手が不快になることにも気づけない。

負担になることも気づかない。


私の自営の電話には、

ひっきりなしに営業電話がきます。

ホームページを見てかかってきますが、

営業電話はご容赦くださいと

当初からずっと書いています。

でも、

かかってくる^ ^

その度に、

不快な思いをし、不快な思いを率直に伝えたら

逆ギレする人も中にはいる^ ^

少なくともそんな会社が隆盛を極めることは

ないだろうと私は思う。

分からないけどね^ ^


それと同じことを私たちはしているのかも?

無意識にせよね。


だから、

いつまでも満たされない。

ってことに気づけるか。


色々な意味で、

与える人々には人々が集まります。

損得勘定抜きに与えたいから与えるから。

それは、ボランティアや寄付や

そんな労力やお金に限ったものでもなく、

与えられる自分に感謝し、

与えることにより、

自分自身をより高めれるからだと思う。

こんな人々の笑顔の素敵なこと

まあ素敵なこと^ ^

そんな人のエネルギーに自分のエネルギーが

結びつき、人は高まっていきます。

でも、

そんな人のエネルギーを無意識にせよ

奪おうとする人もいる。

おんぶに抱っこの人もいる。


いつまでも満たされないのは

そのせいです。

別にたいそうなことをしなくてもいい。

相手を気づかい、

周りを見渡し自分の出来る親切をし、

ありがとうの言葉を貰うだけで、

人は満たされていきます。

例え、貰えなくとも親切をしたいから

しているという前提があり、

自分の為にやっていると思えばいい。

ただそれだけ。


誰かの役に立てている。

と思えた時、

人ははじめて

欲しい欲しい病から

抜け出すことが出来、

誰かの大切なエネルギーを奪わなくとも

よい存在ともなり、

自らのエネルギーを誰かにプラスの影響として

ご提供出来るんじゃないかな

って思うのです。


小さなことから。


まずは

自分が出来ることから。