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自分とは

生き方


ユングやロジャーズと対談したこともある

日本の著名な禅家に

久松真一という人がいます。

禅の世界はとても難解で、

昔、著作に触れましたがほとんど覚えては

いません^_^

でも、

彼が論じた「無相の自己」という概念だけは

今も発想に取り入れています。

禅には二極論は存在しません。

あくまでも一(いち)の思想。

つまり、

常日頃、自分が自分と思い込んでいるものは

「自我」であり、

その「自我」とは別に、

万物に宿る根源的な生命活動である

「無相の自己」が私たちにはあり、

私なりに解釈すると

それは「魂」である。

「魂」には解釈なんて存在しないので

悩みなんてものは存在しないということ。

ロジャーズの言う「プレゼンス」は

ロジャーズ派の信奉者でさえ懐疑的ですが、

私はやっぱり第4の要件に加えていて、

1.無条件の積極的関心、肯定的配慮、受容

2.共感的理解

3.自己一致、純粋性、真実性

4.プレゼンス(存在)

がカウンセラーの

態度や姿勢だと感じています。

晩年のロジャーズがスピリチュアルに

傾いていった背景には、

この「プレゼンス」があったからに

相違ないと思います。

関係性そのものがクライエント自身の

生きる力を促進する。
(全ての人に当てはまらないから
ジェンドリンはフォーカシングに至った。)

つまり、

カウンセラーがプレゼンスを知覚して

臨むことも大切であり、

げんにロジャーズ選集にある

何夫人やったっけ?忘れた^_^

要はそのご婦人は、

ロジャーズとのカウンセリングで

先生と私という関係という二人称ではなく、

私という一人称をいつも感じていたと

繰り返し述懐しています。

つまり、

ロジャーズがプレゼンスを覚知し、

鏡となったのであろうと私は想像します。

そのプレゼンスこそが、

「無相の自己」

つまりは、私なりには「魂」だと感じます。

翻って、

私達が苦悩した時に、
(そりゃ私も悩むことってあります^_^)

その悩んでいる「自我」に対して、

「無相の自己」が「自我」を包摂したならば、

安定が必然的に訪れると思うのです。

自分の中に「無相の自己」を覚知していけば、

現実に直面する「自我」なんてものは

たちまちに霧散し、悩みは消え去るはず。

だって、一(いち)なんだから。


未だ出会ったことはないですが、

その人の前に行くだけで、

勝手に涙が溢れ、

勝手に悩みが解決する。
(自己成長する。)

ってことが究極のカウンセリングじゃ

ないのかなって思うのです。

仏像に生命活動を感じる人は仏像でも

いいのですが、

私はそういう苦悩を乗り越えて、

葛藤ののちにその境地に至った

生身の人間の方がいいな^_^


私の修行?(学習)は多分、生涯続きます^_^

人であって人でなく、

さりとて人であるから人になる。

ほら難しい^_^


もし、このブログを悩みの渦中で

ご覧くださっている方は、

「無相の自己」

つまり、私なりには「魂」そのものが

自分自身の「存在」と捉えてみてください。

現実に認識している「自我」が抱える悩みが

薄まっていくことが分かるはず。

ご参考まで。