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体験

生き方


ロジャーズの著書の中に、

「わたしが体験に意味づけする代わりに

体験に意味を語らせるように

なってきました。」

という一節があります。

これはクライエントの女性からの

手紙を引用したものですが、

彼女は夫に合わせたり、

他者に合わせたりしている自分が、

どこか違う自分ではないか?と疑問になり、

カウンセリングを受け、心理学を学び、

本当の自分を探していきます。

本当の自分を探す過程で、

今までの自分との葛藤を経験し、

自我の崩壊をも経験し、

苦しんだ末に夫とも別れ、

一人の人生を歩み始めます。

寂しく孤独だ。

でも、

それでいて平和で調和が取れている。

彼女は言います。

世の中のシキタリには沿わないかも

しれないし、

私の中に悪も狡さもあるけれど、

そんな自分を認めることで

安寧が訪れていると。


ロジャーズは純粋性に

基づいて論説します。


平和や調和は残念ながら長くは続かないよ。

だって、

人は様々な障害を乗り越えてこそ

成長なんだから

と。

彼女は「らしい自分」や「嘘の自分」

という抑圧からの開放を目指し、

「真なる自分」に向かうプロセスにいます。

私もロジャーズと同じことを思います。


平和や調和を前提にして生きるけど、

平和や調和だけの世界では成長しない。

一生成長のプロセスは止まらないだろうと。


だから、

体験に意味づけをしないで、

平和や調和の前提を持った自分を軸とし、

体験に意味を語らせる。

そして、

その体験から感じたことや思ったことを

思考し、言葉とし、

感情を率直に表出し、

それは、

ネガティブなことや、否定や批判や

ひょっとすれば 悪 かもしれない。

でも、

それもその現状のままに生きるのではなく、

軸である平和や調和の世界へと振り向ける。

つまりは、

その振り向ける過程が、

成長となるということ。

だからロジャーズは、

残念ながら、

平和や調和は長く続かない。

と書いたのだと思います。

逆に、

平和や調和を真に目指すなら、

内的な葛藤や矛盾はつきものであり、

それを一つ一つ乗り越えていくプロセスが、

自己成長。

つまり、

生きる。

ってこと。


人間中心アプローチってのは

様々な尊い智慧に恵まれていると

私は感じます。

一時期、

楽天的や性善説や抽象的やなどと批判され

形骸化されましたが、

又再び、スピリチャルな観点からロジャーズが

見直されています。


もし彼がまだ生きていたならば、

晩年に体感したスピリチャリズムを

どう我々に伝えてくれるのだろうか?

魂の存在を彼の理論から

どう説明してくれるのだろうか?

とても私は興味があります。


様々な障害が私たちを待っている。

喜びの記憶は呆気なく薄れ、

悲しみや苦しみの記憶は

遺伝子に組み込まれているのかと

感じられる程 根強く残り、

カサブタのように厚く体積していく。

でも、

それは一重に

成長の為の魂の渇望から導かれる課題であり、

果敢にそれらの課題に挑戦し、

カサブタを一枚一枚剥がしながら

血が滲み、苦痛に顔が歪むけど、

その課題の一つ一つを

クリアする度に

喜びが自信へと変わっていき、


「自分らしい自分」へと変容していく。


それこそが神に与えられた
(神と相談して自分で決めた)

私オリジナルの人生。

あなたオリジナルの人生。


きっとそんな風に言うんじゃないかな^_^

って私は思うのです。


恐れずに怖がらずに進も^_^