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共創

生き方


令和を迎え、

生き塾ブログの初投稿です。


私は令和を迎えるにあたり

この時代を生きる為の自分自身の

キーワードを模索しました。

昭和に生まれ、昭和を生き、平成を経て

令和に至る。

この流れの中にいる自分の心の変遷を

紐解きながら模索しようとしましたが、

そんなことは全く必要なく、

ごく自然発生的に、

言わば、

敢えて何も掘らなくとも、

敢えて何も導かなくとも、

既にそこに優しくあったものは、


「共創」


という二文字。


この二文字は、

平成の終わり頃から感じていた概念で、

共創とは読んで字の如く、


共に創造していく。


っこと。


何を?


それは、


全てのものごとを。


それは例えば、心の成長であったり、

それは例えば、自己の開放であったり、

それは例えば、癒しの泉であったり、

それは例えば、生命のマグマであったり、


人が求める全てのものごと。


そしてそれは、

その人や、その人独自の心の変遷によって

違ってもくるし、

違ってくるのも当たり前だし、

違ってきても良いもの。


でも、

共通認識として無意識下に流れる


愛の循環。

存在の証。


は全ての人々に必ずあるもの。


それらを感じとれる場や環境や想いを

集う人々と共に創造していきたい。

そして、

その創造の場はやがて、

集う人々のそれぞれの集いの中で

共創されていき、

その集いは他の集いと共に共創されていく。


個があるからこそ

共が輝き、

共が輝くからこそ

個の存在が際立つ。


その真理は、


個なんてものは実はなく、

個は集の一欠片であり、

私たちは集に統合されている。


で、

それは、


孤独や孤高といった

僕たちの生命の礎に立脚する

共通した純粋なる生命の源流を

感じさせることによって

はじめて解き明かされるものでもある。


その源流に渇きを覚える人は実に多く、

その渇きを一夜の欲で満たすような

刹那な生き方が実に多く、

確実に私もその一人でありました。


でも、

違うんよね。

今は明確に言える。


その源流には湧き水が湧いていて、

その湧き水の更に下の下にある

その湧き水の源は、

広い広い広大で巨大な泉の存在から

湧き出していて、

その広大で巨大な泉からは

いつも輝きの水が絶え間なく溢れ出し

私たちの支流に注ぎ込まれている。


だから、

僕たちは既にもう


愛されている。


だから、


他者を愛しましょう。


その心が

渇いたあなたの支流に注がれた時

源泉の存在が明らかとなり、

源泉の存在に浸った時、

広大で巨大な泉の存在があることを知れる。


そうすると、

「共創」とは

意図せずとも訪れてくるもので、

そこには

温かさと温もりだけが満ちていて、

競争も争いも諍いもない世界が

待っていて、

その世界へと

自然に人は導かれていく。


一緒に創ろうね^_^

待っています。