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良きパートナーとは

恋愛


良きパートナー。


良きパートナーとは成長を互いに
促せ合える人。

私はそう感じます。

恋人や夫婦

関係性が深まれば深まるほど
自らの人間性の成長に繋がる関係じゃないと
成り立たないとも言える。


例えば、

喧嘩をした。
仲違いをした。

そんな時、
どちらからともなく歩み寄り、
その喧嘩や仲違いに至った気持ちや考えを
隠さず、嘘をつかず、率直に、正直に、
包み隠さず互いに話せる間柄。

人は、誰もが自分のことを一番に
分かって欲しい。
それは、誰もが同じこと。

私もそうであるように。
相手もそうである。

でも、

世の中の人々は様々な背景を抱えていて、
様々な考えや感情を持っている。

だから、

なかなか自分のことを分かってもらえないし、
又、
分かろうとすることも とても少ない。


でもせめて、

近しい人には分かってもらいたい

そして、

分かろうと努めたい。

それが愛というやつで、

自分のことだけを分かってもらいたい
って想いだけが強ければ、
良きパートナーとの出会いが
もたらされなかったり、
仮にもたらされたとしても
いつか必ずその関係性は崩れていく。

折角の

安心、安全な場

というものは、

創られたものに乗っかるのではなく、
自らが創造していくものであり、
その創造を構築すべく相手を
私たちは、懸命に探していて、

その相手として
より分かりやすいのが

パートナー
と言われる存在

ってこと。

それは、大きく捉えると、
(恋人や夫婦に限りはしないが)

人間が何故人を好きになるという機能を
持ち合わせて生まれてきたかを考えてみると、

自らの防衛本能を満たす為や、
存在を確立させる為に、
人を好きになるや、愛するという機能を
発動させていると捉えることが出来、

それは遠くに、
生殖機能があることに由来する。
 

だから、

男女は結びつく。


つまりは、

安心、安全な場の確保を誰もがしたい
ってことであり、
(繰り返しますが、
それは、相手も同じこと。)

だから、

分かり合える
もしくは、分かろうとし合える関係は
とても貴重で、奇跡に近く、
そんなに沢山出来得るものではない。


好きや愛の根底にあるものを考えてみると、

それは、

自らのエゴとも言えるものであり、
そのエゴに翻弄されることなく、
そのエゴを認め、
相手のエゴを享受出来ることが、
自らの成長に繋がっていくってこと。
(ここで言うエゴとは前述の防衛本能という
意味で使っています。)

それを、

パートナーも同じようにしてくれたなら、


愛が深まっていくと共に、

互いの成長に必ず繋がっていく。


人間が人間とたらしめる意味を
分かることって、
やはり、それが生きる価値であり、
生きていく為の原動力ともなる。

その意味、価値、原動力は、
人を愛する、愛されるという行為の連鎖
によって始めて体得出来るもの。


もしね。

今、パートナーと上手くいってない(>_<)
って方。

圧倒的に、コミュニケーションが薄いはず。

それは、
日常会話が薄いって意味じゃないですよ^_^


自分の想いや願い。

お相手にキチンと伝えていますか?

お相手にゴリ押ししていませんか?

あきらめていませんか?

あきらめれるくらい努力しましたか?

そして、

決して忘れちゃならないのは、

お相手のことを聴いていますか?

分かろうと努めていますか?


問い直せば容易に分かるはず^_^


折角の
安心、安全な場です。


お相手といても孤独を感じる?なら、


創造していきましょうよ。

仮に、仮にですよ。


そのお相手との関係性が崩れてね。

サヨナラしたとしても、


「成長」っていう貴重な資源は
必ずあなたの中に遺ります。

痛みと共に。


そして、

成長と痛みが拮抗する時期を経て、

必ず成長が痛みを退け、

成長の萌芽が更に成長を促進していく。


そんな風に、

僕たちは出来ている。


よ〜出来とる^_^


だから、

勇気出して、顔晴って!