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集中

生き方


私たちはいつも忙しい。


格別忙しくなくとも忙しさを

敢えて創り出したりもする。

時間短縮、効率化。

プライオリティづけにバッチタスク。
 (優先順位づけ)   (一度に行うこと)

仕事場でも、家庭でも、

公私ともにそれらが

最善のものだと思っている。

いや、

思わされているが正しいかな?


効率よく、ロボットのような

画一的な行動をすることや、

流れやリズムを止めず、

目的や結果にいかに最短に行けるかの

知恵を絞る。

確かに

生産性って面から言えば

確かに

それは正解かもしれない。


でも、

忙しさは心を亡くすということに

そろそろ気づく必要がある。


試しに、


日常の中で、

たった5分でも何もしない時間を作って

みればそれがよく分かる。

たった5分でもさえも、

私たちはジッとすることに苦痛を感じるはず。

気が散り、次に何をするかをもう考えている。

時間が取れるのにもかかわらず。


何にそんなに焦るのか?

何にそんなに不安なのか?


止まってみる。

刻んでみる。


食事をする時は食事に集中する。

排泄をする時は排泄に集中する。

歩く時は歩くことに集中し、

寝る時は寝ることに集中する。


テレビを見ながら食事をしたり、

排泄しながら読書をしたり、

歩きながらスマホを見たり、

寝る時も考えごとを携える。


挙げ句の果ては、


愛する人との語らいも、

語らいに集中するのではなく、

欲望や打算や計算を

いつもどこかに携えている。


いつからそうなったのだろうかね。

誰にそうさせられたのだろう?


心がフワつくのも無理はないと思う。


だから、


挙動を正しましょうよ。

行動を刻みましょうよ。


社会生活を営むには、

資本主義世界における

効率化、迅速化は避けられない。

享受出来ることもたくさんある。


でも、

分けましょうよ。


それと自分とは別。


自分の内面に迫るには、

集中と根気が必要で、

集中と根気は、

一朝一夕には戻らない。
(子どもの頃に夢中になって水遊びや
トンボとりに楽しめたのは何故だろう?
何度も転びながらも自転車の練習に
あれ程励めたのは何故だろう?)


フワッとした心根では、

フワッとしたもので思考は止まる。


集中してこそ

自らの心に芯が出来得る。


その芯は、


自分を高めることの喜びを教えてくれ、


その芯は、


なりたい自分に導いてくれるはず。


いちいち止まる。

大切なことだと私は思う。


習慣には違う習慣を。

反射には直射を。


そして、


自らの心には、

誠実さと忠実を取り戻す。


ご参考まで。