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我慢は何をもたらすか?

生き方



仮に、


我慢を強いられる環境にいたとして、


仮に、


我慢せざるを得ない間柄だったとして、


その環境や間柄から生まれる

何か生産的なものや創造性のあるものを

享受出来ると人は思うかもしれないが、

ごく稀に、

そんな果実が成ることもあろうが、

ほとんどの場合、実ることはありません。


そんな、


可能性の極めて薄い

我慢という名の美徳?に惑わされるよりも、

我慢を強いられているなんて受け身な

発想を退け、

自らに我慢を強いている

ってした方が、

以下の果実を獲ることになる。


根気、継続、鷹揚


これらは、

私たちが生きる上で、

とても有益な果実であり、

現実に根ざした 今 を確実に捉えることが出来、

又、そして、


我慢によって

獲得出来た自分自身の誇りとなる。


それが自信ともなって、

これからの人生の礎となるでしょう。


我慢することが、

関係性や環境自体からの見返りがある

とするのではなく、

だから、

我慢するってのではなく、


仮に、


我慢の関係性や環境下にあったとしても、


その中で、


いかに自分の成長や土台を造ることを

優先していけるか?


端的に言えば、


いかにその中で、

自律を自分に促せていけるのか?

そう考えていくと、



我慢は報われるものでもあろうし、

我慢は報われないとも言えるでしょう。



どんな環境下に置かれても、


人は最期の最後まで愉しめる生き物であり、


積極的に、能動的に、


もっともっと、


自分に興味や関心を持って欲しいと


私はいつも思います。



自らを哀れむ(憐れむ)なかれ。



自分で自分を実験台にしたらいい。

少なくとも、

他者を実験台にするのではなくね。


ご参考まで。