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一元論

生き方


物事を

一元論で片付けた方が楽である。

正しさの基準を自らに有し、

その正しさをひらすらに進めばいいだけ

なのだから、ややこしくめんどくさいことが

よりめんどくさくなっていく。

そして、

その正しさに背く人や、

その正しさが理解出来ない自分以外の他者は

間違いであり、悪であるとレッテルを貼り、

見て見ぬフリや排除をしていれば

これまた楽だから。

それを自分の道だと誰もが思う。

揺るぎない道だと誰もが憧れる。


でもさ、

いや待てよって思う者もいる。

一元論を実証するには

二元論や多元論が必要であり、

理屈や道理の反証が出来なければ

それはただの屁理屈で、

一義的な思考は、

必ず二義的、多義的な思考の反証を経て

成り立つもの。

それを人々は、科学と名付け、

科学と名付けたものを真実とし、

それを根拠に一元論の中心に据えている。

では、

果たして科学が万能か?

いくつもの反証を経て成り立った法則が

いくつあるのか?

極めて懐疑的であると私は思う。

科学とは、

パーセンテージの成すもので、

大体これくらいだから、

きっと根拠のあるものだろう

がほとんどである。

だから、

当てになるだろうし、

当てにもならないだろうし、

そんなフワフワしたもののように

思えるのである。

有能だが、万能ではない。


翻って、

科学的な根拠を錦の御旗に

一元論で走ることほど怖いものはなく、

その集団は思想的な背景を有したり、

政治的な背景を有したり、

宗教的な背景を有したりしながら

自分達の正統性を証明させんが為に

争いを起こしていく。

内部の覇権争いが

外部との争いを起こすというような

本末転倒が起こっていく。


気をつけなければならないね。


自分を正しいなんて思わない方が良い。


一昔前の正しさは集合知でした。

モラルや常識などは、

誰もが自分はそんなに正しくないから、

皆んなで正しくないもの同士が

寄り合って智慧として広めていった。


でも現在は?

個の時代と盛んに叫ばれてから

世の中は変わってきた。

その個の正しさは、

ほとんどが科学の受け売りで、

不確かなものが拠り所となっていて、

それが拠り所となっているから

集合知なんてものは不必要となり、

不必要だから、

権力やアカデミックなものを誰もが

盲目的に信じてきた。


いや待てよ

と声がする。


正しさを語るほど

お前さんは偉いのかい?

って声がする。

いつもいつも声がする。


そんな人は二元論か多元論。

だから、

成長出来て、

だから、

共生出来て、

だから、

めんどくさいことが面白い。


それが個というものなんじゃないのかな?

自由を履き違えているんじゃないのかな?


おんぶに抱っこは楽だけど、

それでは生きる意味を見失う。

見失った人々を、

狡賢い奴らが狙っている。


鴨ネギ^ ^


僕は鴨ネギには成りたくないから

二元論か、多元論で生きていきます。


めんどくさいけどね(^o^)


ご参考まで。