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動機づけ

生き方


努力


みんな見えないところで。

みんな知らないところで。


懸命に


何かしらの努力をしている。


努力を努力とも思わない人もいるし、

努力を楽しみに行っている人もいるし、

その逆に、

努力を辛いものだとか

めんどくさいものだとか思う人もいる。



能動的に愉しもうとしようと

思っているかどうかでその意識は

変わってくる。


例えば、


やらされる。やらなければ。


ってのは、


努力


の範疇ではあるが、


辛さやしんどさが勝ち。


やらされる。やらなければ。


の中にも、


成し遂げたり、結果を残せたりの

自分の変化や成長を明確なビジョンとして

持てたなら、


例え、

その時は出口の見えない暗闇でも、

いつか明るい光が見えてくるもの。


で、


人ってのは

実にシンプルなもので、


一旦、


光が見える


ってところまでいく経験をすると、


仮に、


次の試練や乗り越えるべき課題やらに

対峙した際も、

なんとか億劫がらずに挑むことが出来る。


動機づけ


が変わってくる。


光が見えるところまで努力した

って体験はとても大きいのだけれど、


人間の記憶力なんてのは

非常に曖昧なものだから、

その努力の跡をあまり思い返せず、

簡単には想起出来ないし、


いつも、


心の底では安定や安泰を欲しているから


自動的に、


変化や負荷を無くす為に記憶の妨害を

しているとも言えるが、


でも、


一旦、

人は光を見るところまでいくと、

その経験値と同様のパターンの努力

をある程度まで意識的にしていくと、


更に今以上に成長出来るのでは?


っていう


底の底にある成長欲求に


簡単に火がついて、

努力が努力でなくなるもの。


安定と安泰



変化と成長


これらは一見、

全く種類の違うようなものだけど、


似て非なるもの。


変化と成長があるから

より、安定と安泰が得られる。


そして、

人間の底の底の又底は^_^


基本的には、


いつも何かしらの変化を望んでいるもの。


それは、


成長


という変化。


成長する為に努力をする。

努力したから成長した。


どちらも結果は同じだが、



成長する為に努力する。



ってのを動機づけとする方が、

私は理にかなっていると思います^_^


で、


更に、肝心なのは、


成長ってのは、



どういう成長か?



それを人それぞれが、

自分の課題として

捉えていく必要がある。



なりたい自分



って何ですか?

具体的に答えなさい^_^


ってのが自身にないと


努力がとても難しいものとなる。


だって、



努力には動機づけが

最も大切だから。



てことは、


動機づけが薄かったり、

浅かったり、

見えなかったりすると…


残念ながら、



変化や成長は

望みにくいってこと(><)



それらがなく、

又は、

中途半端に終わる人ほど、

斜めから他者を見、

愚痴や批判でお茶を濁さざるを得ない。

それはある意味では無理もないことで、

そんな方法を取らざるを得ない。


だって、


そうでもしないと

成長を阻害する要因を

自分の中に見つけることは

自身の敗北を認めることになってしまい

余計に自身を弱らせてしまうから。

そして、

自身を正当化をすることが、

一番安易で

手っ取り早い手段なんだから。


最後に、


変化や成長は、

これまた残念ながら、

自分以外の他者のサポートに


全面的に委ねるだけ


では絶対に実感出来得ない。


自分で、


自分自身で、



腑に落としていく



行程が、


即ち努力であり、


自信


ってやつの正体となるってこと。


ご参考まで^ ^