誰かのお役に立つ。
何かのお役に立てる。
とても大切な意識だと思います。
資本主義の世の中では、
役に立てることがビジネスとして
成立し、それは利便性や快適さを
私たちにもたらします。
だから、
役に立つ
即ち、ニーズの把握に
誰もが努めます。
これは、
一種のビジネス脳で、
言わば、
ギブ&テイクの
役に立つです。
ギブ&テイクだから、
役に立とうとしたのに、
あれだけニーズの把握に
努めたのに、
受け入れられなかった
そっぽを向かれた
裏切られた
なんていう
思ったテイクが
与えられないと、
悲しくなったり、
恨んだり、ひがんだり、
否定、批判をしてみたり、
まあ、
あるとあらゆる手段を
講じて、
私たちは、
私たちがいかに
役に立てる人間かという
傲慢さを立証しようとします。
自身の存在価値を
いつも鏡に映していなければ
不安な私たちの性が
そうさせるのでしょう。
だから、
おせっかいが増える。
だから、
無用な押し付けが増える。
そう私は思います。
役に立ちたいから
が前提となると、
自身にとっての不都合が生じた場合、
とても生き辛くなる。
生き辛くなるから、
何か役に立てることを私たちは探し、
どんどんどんどん、
ギブ&テイクの溝にはまっていく。
前提を変えてみる。
自身がやりたいこと、やれること。
そいつを探してやり続け、
それがたまたま、
誰かの役に立った。
何かの役に立てた。
たまたま
それだけのこと。
そう捉えてみる。
その
たまたまの
あなたのお役に立てて
私は本当に嬉しい限りです。
ってのが、
私たちの本来ではないでしょうか。
たまたま役立てて、
嬉しく感じる
ささやかな幸福感。
だから、
お役に立たせてくれて
ありがとう。
ご参考まで。
津村健司