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セックス

恋愛

セックスってとても大切です。
まだまだ真正面から向き合えないし恥ずかしさが先に立つ。
でも、
より良いパートナーシップにはとても大切。
下手をすると、異なった人間対人間が心の交流を最も感じられるのが
セックス
という行為。
いやらしいやエッチやエロや
そんなくだらない言葉に惑わされないで。
確かに性欲は動物に本来備わっている生殖機能に過ぎないし、行為はいやらしく、エッチやエロかもしれない。
動物はみんなが営むもので、感情がなくとも、愛という概念がなくても出来てしまうものなのかもしれない。
でも、生存本能に根ざした実に素晴らしい機能であることは明白で、
自らの存在のかけらを後世に残していく素晴らしい行為。
私たちは人間です。
動物の中でも人間です。
セックスを軽んじてはならない。
セックスを低次にしてはならない。
私たちは人間という動物です。
例え、悲しいことに生殖機能という観点が成立しなかったとしても、
不幸なことに自らのかけらが後世に残せなくとも、
セックスを通して
愛を感じることは出来る。
セックスを通して
愛する喜びを知ることが出来る。
愛される喜びを知ることが出来る。
例え高齢となり機能が担えなくともセックスは出来る。
例え障がいに見舞われたとしてもセックスは出来る。
そんな脳機能が我々には備わっている。
その機能とは、
セックスを通した自らの存在価値を知る機能。
セックスを通した相手の(人間の)存在価値を知る機能。
高次の次元のこの機能は
人間なればこそ。
だから、
低次のセックスの概念を持ち込まない。
だから、
高次の概念でセックスをする。
だから、
高次の概念でセックス出来る相手は大切で、
高次の概念でセックス出来る相手は離してはならない。
さまようよ。
さまよいながら探しても良い。
フリーセックスを奨励するつもりは毛頭ないが
低次のセックスが必要な時もある。
でも、
高次のセックスが出来るパートナーを見つけましょう。
セックスは、
私たちが生きているという感覚をもたらしてくれるものだから。
そして、
そのパートナーはお互いの存在意義を高めあえるものだから。
セックスは、
人間の発達課題の一つです。
俗物にしてしまうのは成長を自ら止めるようなもの。
実に悲しいことだと私は思います。