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くそ丁寧は逆となる。

生き方


私ね。

ここだけの話。

ここだけの話ですよ^ ^


くそ丁寧なんです。

昔から頼られたりしたら、

くっそ!丁寧に返すんです。

懇切丁寧に教えたりお伝えしたりするんです。

サービス精神旺盛と言えば聞こえは

良いのですが、

ともすれば

お節介ジジイになってしまう可能性が

とても大きくなることがある。


私は頼られたりしたら、

懇切丁寧に返すべきだ。

何故なら、

その人は私を頼ってきたのだから、

私はその人を助けなければならない。

そして、

私はその人を助けることが出来なければ

無価値な存在である。


つまり、

その人の問題ではなく、

自分の無価値さを

価値あるものにしたいが為に、

お節介ジジイと化す。

ということ。


そんな価値観を持っています。


でね。

持っていますが、

こと、

心理カウンセリングや

カウンセリングの講座などで

それをやっちゃいそうになる自分を

いつも俯瞰するのです。


その

くっそ!丁寧なのは、

本当にクライエントさんの為になるの?

本当に受講生の方の為になるの?

ってね。


ひょっとして、

自分の為にやってない?

主体が自分になってない?

ってね。


と同時にね。


やり過ぎると

相手がこんがらがる

ってこともあるでしょうが、


やり過ぎると、

その人の

答えを自分で探すという芽を

摘み取ることにもなる。


聞けば答えが得られ、

答えが得られればその時は解決、解消

出来そうな気がする。

でも、

その答えは自分で導いた答えではないので、

事あるごとに、

誰かに聞くことになる。

でも、

そんなことを一生続けることは出来ないし、

自分で答えを出していきたいと思っている。

けど、

ついつい頼ってしまい

又、頼れる相手を探し彷徨う。


上から目線と捉えられるとそれまでですが、

上から目線と極力捉えられないように

気をつけるということを同時に

とても注意しています。

特に、

カウンセリングや講座は

非常にデリケートな内容です。

で、

デリケートだからこそ、

心について少しでも知っている側が

あまり知らない側の上に立つ

ということが得てして起こる。

当たり前に起こる。

それが、上下関係とか、

師匠と弟子の関係とか、

先生と生徒の関係とかとなる。

全てが悪いわけではありませんが、

でも気をつけないといけないのは、

上の立場や先生の立場や師匠の立場に

崇められた人々は、

勘違いをしがちだということ。

良い悪いではなく、

そういう立場を振舞わざるを得ないと

いうこと。

勿論、人によります。

人によるのは確かなんですが、

たまに共依存の上下関係を傍目で見て

ゾッとすることがあり、

自分の中でそうなっていないかを

必ず厳重にチェックする。


私もあなたも世の中全ての人々も、

誰かに助けてもらって生きている。

そして、

誰かの役に立ちたいとも思っている。

で、

誰かの役に立ちたいっていう欲求の方が

強いかもね。

何故なら、

人は自分で自分を見ることが出来ないから。

で、

その想いが

自分の内部に強ければ強いほど、

役に立てないってことがとても大きい。

かえって、

相手の成長を阻害するってことが

かなり生じることとなる。


必要以上に与えたり、

必要以上に欲したり、


人間における成長を阻害する要因の

とても大きい部分を占める。

と少なくとも私は思うのです。


人間的に優れている人が

素晴らしいカウンセラーとは限りませんが^ ^

私がとても憧れるカウンセラーさんは、

その人のおかげだとクライエントさんが

決して思わない(思わせない)カウンセラー。


なんやったら、

頼りないなー、大丈夫かー、

とか思いながらも 

どんどん一人でに話していきながら、
(聞いてほしいというより話したい)

どんどん自分で自分のことが見えてきて、

どんどん自分が深まり、広がり、

自分で自分を少しずつ導いていき、

結果、

自分で自分の答えを出していくことが出来る

のを見守っているだけの存在と役割。


だから、


相手のおかげだとは

思わないし気づかない^ ^


で、

本来は、それでいいはずなんです。

つまり、

相手を弱い存在だとか、

病んでいる存在だとか、

欠けている存在だとか、

賢くない存在だとか、

間違っている存在だとか、

評価や審判の前提がなく、

ありのまま、そのままの存在とだけを

認めることが出来、

相手が自分で自分の力で

より良き人生を送れる存在だって

強く信じきれる自分を持っている。

だから、

相手がどう思おうが関係ないってこと。

自分を認めてもらおうなんて

おこがましさは出てこないってこと。


少なくともカウンセリングの定義は

様々ありますし、

カウンセリングとセラピーも違いますから

人によって見解は違うでしょうが、

少なくとも私はカウンセリングを

そう感じています。

でも、

それは、

実はとんでもない技術が必要なんですね。

まだまだ私はその領域ではありませんから

尚更、心底その難しさをよく分かります。


だから、

日々、精進致します。

そんな技術が身につくように^ ^