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ふるまい

生き方


僕たちは

ふるまいながら生きている。

自分らしく生きようぜ!!

って豪語する人々でさえも

ふるまいながら生きることを

決してやめることは出来得ません。


ふるまうってことは、

人間関係が伴う僕たちには必須の

ことだから。

人間として生きるには

ふるまわざるを得ないことだから。


自分らしく生きる

ってことは、

選択は

自分が取っていいってことだけであり、

ふるまいが自分らしく生きていない

ってことでは決してない。


あくまでも、

選択権は自分にあるってことだけ。


そこが分かっていないと

様々な弊害が起こることとなる。


人間関係における

円滑な関係は、

より良いコミュニケーションってことだけを

捉えるべきで、

そのコミュニケーションを取る為だけに

ふるまいを活用しているに

過ぎないってこと。

それを

順応と言ってみたり、妥協と言ってみたり、

迎合と言ってみたり、体裁と言ってみたり、

べんちゃら^_^と言ってみたり、

ひょっとすると

自分を殺す と言ってみたり、

でもそれは、


再度繰り返すが、


決して

自分らしく生きていないってことには

繋がらない。


ふるまいは

あくまでも手段です。

あくまでも、

より良い人間関係を築く為の手段。
(ま、表面上ってことも
含むけどね^ ^)


より良い人間関係を築く必要がなければ、

ふるまう必要なんて一切なく、

ふるまうことは無意味です。

そんな関係、切っちゃえばいい。

それは、物理的にか、精神的にか

いずれにせよということ。


ただ、

それだけのこと。


でも人は、

切っちゃえなくて苦しみ続け、

ある日、自分らしく生きようぜ!!

って言葉に踊らされる。

間違えてはあきまへん^ ^

踊らされたらあきまへん^ ^


自分らしく生きるのは

選択権は自分にあるってことであり、

選択権があるってことは、

自分に責任があるということであり、

自己責任を放棄して

自分らしく生きるなんてことは

どだい不可能だってこと。


だから、


ふるまっている

自分がとても辛く苦しいのなら、

そんな人間関係なんて切っちゃえば良く、

自己責任と腹くくる。

でも、

自己責任で片づけられなかったり、

必要な人間関係なんだったら、

ふるまいは必要であり、

ふるまいの仕方を考えて行えば良い。

ただそれだけ。


で、

その人間関係は はたして

真に深めたい人間関係なのかどうなのか?

ってのも考えて。


みんな、

自分らしさと ふるまいを

イコール

にし過ぎだよ^ ^


だから、


余計にしんどくなり、

余分なものを背負うこととなる。


そりゃあ

しんどいはさ^ ^

自分らしく生きてないなんて

思っていたらさ。


別だよ別^ ^

手段と自分らしさは全くの別ものです。


ちゃんと離して考えてや〜^ ^

ふるまいは身だしなみ^ ^