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温もり

生き方


人ってね。

基本的には寂しい存在です。


寂しさを紛らわせる為に

周りの人々と混じり合う。


混じり合いは温かさを生み、

温かさは

孤独の大海原に漂う小舟の道標となる。

で、


混じり合うには

大海の大海原を漂っているという

本当の自分をさらけ出し、

さらけ出すことによって

対等でフラットな関係が醸成される。


何故なら誰もが大海原を漂っているから。


立場や年齢や生き方や筋道や


そんなものはどうだっていい。


純粋なる自分を心から出せた時、


誰かによって

人は生かされている


っていう福音がもたらされる。


でも、

くれぐれも勘違いしないで。


おんぶに抱っこは

他者の足枷となることを。


少なくとも

人の心が分かるということは、

その人の生き様に想いを馳せることであり、

その想いとは、

その人のこれまで大切にしてきた

寂しさや哀しみの塊。

その寂しさや哀しみに

想いを馳せるからこそ、


人は繋がれる。


その塊の根本は


人はみんな一人だという


圧倒的な虚無感であり、

虚無感を払拭する為に抗い続けた

その人の誇り。


だから、


孤独を誰かに押しつけてはダメ。

寂しさを自分の売りにしてはダメ。


何故なら、

そんなことは

言わなくとも

誰でも分かっていることだから。


ましてや、


誰かを所有するという意図が

心の底にあった時、

一瞬の安寧は訪れるかもしれないが、

生涯の安寧からは余計に遠くなる。


強く生きるのではなく、

弱さを認め、

弱さを自分だけで誇る。


その誇りは

決して奢りであってはならず、

誇りは清さであるのが本当で、


だからこそ

人の

温かみが肌で分かり、


人は

癒され

その癒しは

生命の財産として

他者に注がれいく。


それが、

人を生きる

っていうこと

って思うんだ^_^


何故、

誰かの哀しみに僕たちは涙するのか?

何故、

誰かの苦しみに僕たちは胸が痛くなるのか?


それは、


自分もきっとそうだってことを


意識的にもそうだし、

意識していなくともそうなるのは、

人間としての遺伝子に組み込まれている

細胞たちがきっとそうだそうだと

激しく騒ぐから。


それが人の優しさであり、温かさであり、

能力です。



自分を愛せないって人がいる。


私はいつも感じます。


そんな人は、

自分が愛されたいが先にたち、

その愛はいつも不安定で欠乏した愛を

愛と思い込んでいるのだから

愛されると実感することはまずないです。


違うよ。違う。


自分を愛せるのは、

誰かを愛せる能力の恩恵であり、

その愛せる能力は

あなたも既に持っているものじゃない。


ほらほら

その優しさと

ほらほら

その温かい気持ち^_^


そこに

毎日毎日気づいていきなはれ^_^

年がら年中、その度に感じなはれ。


それを重ねてはじめて人は

自分をハッと見直し、

自分を大切にすることを学び、

で、

はじめて自分を愛することに繋がります。


愛されたいをやめ、

愛したいに変え、

愛したいは難しいから、

誰かの役に立ちたいでいい。


小さなことで良いから

誰かの役に立とう^_^

毎日毎日、

来る日も来る日ね。


やっていこ(o^^o)


それは、

誰かの為なんてもんではなく、

自分の為に他ならないんだから。


だから、

やってあげているのではなく、


やらせてもらっている。

ってこと( ◠‿◠ )


顔晴って


やっていこ^_^