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傷つくということ。

生き方


僕たちは、

わりと簡単に傷ついてしまう。

人には見せないようにしていても、
誰かに悟られないように振る舞ってはみても、

実は、
傷ついている

ってことがよくよくある。

傷つくことって、
裏返すと、

「当たり前」のこととも言える。


でも、


僕たちの中に、
「傷つくこと」が良くないことってのがあり、
社会や世の中は、「傷ついている人」を
冷たく突き放すとでも
思っているかもしれないし、
「強者は弱者を駆逐する。」って
思っているから、
傷つくと、誰にも相手をしてもらえない
と恐怖に怯えているかもしれないし、
はたまた、
養育者や教師の皆さんや世の中に、
いちいち傷ついていたら、
世の中は厳しいのだから、
上手く渡っていけません。
だから、
「強く生きなきゃダメだ!」
って教わってきたのかもしれません。

最近は、
「私は傷ついた!」と殊更に騒ぎ立て、
弱者という立場に身を置き、
庇護を求めるスベだけに長けた方も
見受けられることがある。
勿論、傷ついたことは本当だろうし、
でもしかし、
傷ついたことを武器にすることで、
その武器は力を持ち、
誰かを弱者にしてしまうって
強力な怖さも併せ持つ。
目には目を、歯に歯を は、
終わりのない闘争へと世の中を導いていく。

「傷ついた」の宣言は、
実に諸刃の刃とも言え、
その行使をすることにより、
本当にその傷が癒えるのか?
ってことを慎重に吟味しないと
その傷は、
残り続けるってことにもなり得るってことを
我々は、
もっと考えないと
いけないんじゃないのかなって、
私は切に感じるのです。
(勿論、犯罪の範疇は別。倫理の範疇も別。)

で、

傷つくことは、
原則的な要因として、

「傷つけられた」ってのがある。

意識、無意識に関わらず、
他者の価値観に沿わない時の
他者からの投げかけに、
人はいとも容易く傷ついてしまう。

そう。
他者の投げかけや働きかけの
意識、無意識に関わらずね。

で、
更に、

その傷を傷たらしめんとしようものは、
前述のように、

私は傷ついてはいけない。

という前提。

だから人は、
傷つくことを怖れ、防衛機制を張る。

でもその深奥に潜むのは、

自分で自分を自己否定してしまう

という悲しい習性であり、

その習性の否認でもある。


即ち、


意図的に、意識的に、
傷つける為に向かってくる奴は、

徹底的にやっつけちゃえばいい。
ボコボコにしばいたったらええ。

だって、

自分の尊厳を護ってあげられるのは、
自分しかいないのだから。
(それで気が済むのならだし、
気が済むことは多い。)

でも、

意図せずに、無意識にせよ、
傷つけられたって感じた時は
こう捉えればいい。

相手の価値観に沿わないものが、
自分の一部に過ぎないものの中に
あったってだけのこと。

で、

ほとんどの場合、
あなたの全てを相手は知るはずもなし。

で、

その一部に過ぎないものを、
あなたは自分の人格や尊厳や、
頭の先から爪先まで否定された
って捉えているのかもしれない。

つまり、

自分で、自分を自己否定しているって
可能性があるってこと。

つまりは、

自分は傷ついてはならない。

自分は傷つけられるべき存在ではない。

という前提が、

強固であればある程に敏感に反応し、
その前提に見合う為のバランスを
傷つくことにより取っている。

つまり、

自己憐憫

が、成せるものであり、

自分で自分を
ヨシヨシしてあげているっていうこと。
この傷つき方が一番辛く、
それは、性格となり、習性となる。

止めてあげましょうよ。


だから、


その、上記のような仕組みに
もし、本気で気づけるとこうなります。


傷つくことが人間だ。
人間にとって極めて当たり前のことなんだ。

だって、私以外は、
皆んな私じゃないように、
皆んなにも同じことが言えるのだから。

それは、
弱さや脆さであるかもしれないが、
それすらも
人間たる私自身の立派な証である。

だから、

私は傷ついても良い。
と私が私に許可を出してあげよう。

ただし、
唯一、例外が2つある。

それは、

私の人格や尊厳を傷つける輩には、
断固として闘う。
コテンパンにやっつけてやる。
目にモノ言わせてくれる。

私は、私を全力で護ってあげる役目がある。

そして、
もう一つは、

自分で自分を自己否定するってことは
やめてあげよう。

それは、

私の一部を否定されたに過ぎないのに、

私が、私の全身を傷つけるものであり、

自分で自分を憐れむ行為に
他ならないのだから。


だってさ、


人格や尊厳を侵襲してくる輩と
私は断固として闘うんだよね。

なら可笑しいことだよね。

自分で自分を侵襲するなんてさ。

笑止千万。


だから、


意図せずや、意識せずに
私を傷つけたアイツ。

可哀想に、
そのことに傷つかないことが、
自分で自分の傷を広げるのにね。

だって、

アイツも必死に隠してはいるけれど、
傷つきやすい哀れな存在。


だから、


あっかんべ〜٩(๑❛ᴗ❛๑)۶


今日は、

早よ帰って、
早よ飯食って、
早よゆっくり風呂入って、

屁〜こいて、

寝よ。


私は私を自分で決して傷つけない。

私は私に誓います。

おやすみ。


って、

なれます(o^^o)


性質は変えられないもの。
でも、

性格は、
確実に変えることが出来ちゃいます。

それは、

反応の仕方を変える学びと、
その学びを自分の為に本当に活かしたいと
思える心の底から湧く動機。
それさえあれば、

ひたすらに、

日々の継続を。(練習、練習)

ご参考まで。