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八方塞がり

生き方


人生で、


煮詰まった!

やってもた!

もうだめだ!


って、八方塞がりの時が何度かある。

何度も何度もある人もいる >_<

そんな時、

この状態がいつまで続くのか?

って恐怖から、

人はジタバタあがくけれど、

あがけばあがく程に

余計に恐怖が湧いてくる。

又、

あがけばあがく程、思考が偏ってしまい

普段では見落とさないようなことでも

ついつい見落としてしまい

二次的な問題を生じさせたりもする。

まさに、弱目に祟り目ってやつ。


でも、

少し時間を取って考えてみると、


まあ、

八方塞がり状態を誰しもが、

どうにかこうにか

すり抜けてきたから今があり、

自らがすり抜けてきたという自負心が

八方塞がり状態の時には脆くも崩れさるが、

よくよく考えてみると、

自分はすり抜けてこれたんだ

ってことに気づき、

ならば、

今回も

どないかなるさ

という心持ちが生まれてくる。

又、

人は、八方塞がり状態の際の

忌々しい記憶や悲嘆に暮れた日々を

如実に想起出来ないという

ある意味の防衛機制があり、

なかなか過去の八方塞がりからの

乗り越えを思い出せないものだけど、

そんな時は、

生まれ出る瞬間を想像してみれば良い。

母親の産道を

必死の思いで

微かな明るさを目指して這い出てきた

赤ん坊の自分を想像し、

生きる為に戦い勝ち取ったこの生に

想いを馳せてみればいい。

更に、

自分の名前に込められた

名付けた人のその想いを味わってみれば良い。


必ず勇気が湧いてくる。


ただし、

注意しないといけないのは、


八方塞がり、煮詰まり、

やってもた、もうだめだ、

は、

日常茶飯事ではなく

余程のことであり、

日常茶飯事にしてしまうと、

スカして逃げる癖がつく。

人によってこの感覚は違うものだから、

判断は難しいかもしれないが、

その悩みというものの本質に迫らないと

起こっている問題は

決して解決はしていかないものだから、

いつも苦しい状態や、

いつもスッキリとしない状態が

永遠と続いていくことになる。


本質は出来事にあらず、

自らの在り方。


とても厳しいようだが、

八方塞がりは

その自らの在り方の変化を促す為の

事象のように思われます。


良し悪しでもなく、

善悪でもなく、

誰かのせいでもなく、

ましてや自分のせいでもなく、


自らの変化のニーズが顕在化したもの。


その捉え方も

とても重要なように思え、

だからこそ、

勇気を持って取り組むことが出来るのです。


ご参考まで。