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信用

生き方


私は、

わりと人を信用する方です。


結構、

人を信用するのは、

言葉よりも行動を見よ。

なんて多くの人は言いますが、

私はどちらもって思っています^_^


確かに、


言葉は平気で嘘をつきます。

でも行動は嘘をつかない。


それは、

現象的には確かにそう。


ただ、

私は思うんですね。


行動は行動に対しての動機なり、

想いなりがないと人は本当の意味で

動けないってことを。


現象面を鑑みて、

判断するのは簡単です。

安易って言えば安易です。


でも、

人の想いを捉えるのは、

自分が想いを大切にしていなければ

捉えられない。


つまり、

私が人を信用する確率が割と高いのは、


想い


のある無しを観ているから^_^


想いがあっても動けない人もいる。

想いを上手く言葉に出来ない人もいる。


でも、

どんな人であったとしても、


人は何らかの

想い

を持って生きていて、

想い

を抱きながら生きている。


確かに、

言葉や行動に、

その想いが象徴化すれば

分かり易いけれど、


僕たち人間は、

環境に生きている。


その環境に打ち勝ち、

その環境から逃れ、

その環境から変化し、


自身で環境を構築したい

って想いは


誰しもが持っているもの。


それは、

テイクオフまで長く時間が

かかる人もいるだろうし、

それは、

安易に簡単に飛び立てる人もいるだろうし、


でも結局は、


そこに想いが無ければ続かないもの。


つまり、


言葉や行動なんてのは、


言葉や行動に左右されるに過ぎず、


そんな分かり易いものよりも、


人の想いを感じられる

我の能力次第だと思われます。


裏切られたり、罵られたりすれば

人は人を恨み呪います^_^

でも、

そんな人にも

何らかの想いはある。

止むに止まれぬ事情や過ちが

あったのかもしれない。


そこに

何も想いが感じられなければ

切り捨てれば良い。

でも、

仮に想いがもしも感じられたなら、

きっと、私は待つでしょう^_^


僕らは生身の人間です。

表層面に捉われて、

安易にジャッジしてしまう生き物です。


それを理解しているならば、



安易に、

言葉や行動を人の指針と見るべきじゃない。



それは、

一重に、自分に想いがないからか、

あるいは、

自分の想いを穢すことにもなりかねない

ことなのだから。


まあ、


人の見方はそれぞれです^_^


でも、

私はやっぱり、



想い



が中心で、最も大切なものだと思う。



想い



を揺らがさない

ってホント大変ですね^_^


でも、

やっぱり(私のような人々は)

想いに生きざるを得ない^_^



難儀と言えば難儀^_^

甘いと言えば甘い^_^



でも、

難儀に甘く生きればエエやん(^O^)


それが、

我が身に与えられた使命と思うならばね。


だってさ、

人の想いに涙する自分で

いつまでもあり続けたいやん^_^


ってことね。