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ざわざわ

生き方


『ざわざわ ざわざわ』



胸のあたりがモヤモヤする。



うごめく暗〜いモヤのようなものが

大きくなったり小さくなったり。



『ざわざわ ざわざわ』



「ざわざわ」が日常的にある人は、

どこか自信なげで、どこか儚さがある。

「ざわざわ」が日常的にある人は、

どこか人恋しく、どこか淋しげに見える。



「ざわざわ」にそっと耳を傾けてみよう。



その「ざわざわ」は



悲しいよ〜って言っている?

寂しいよ〜って言っている?

不安だよ〜って言っている?

怖いよ〜って泣いている?



ひょっとすると

こんちくしょう!!

って怒っているのかもしれない。




更にその「ざわざわ」に耳を傾けてみよう。

そして、

よくよく聴いてみて分かるのは、



多分、その「ざわざわ」の源は、



誰かに認めてもらいたい。

もしくは、

誰かに分かってもらいたい。



つまりは、

誰にも認めてもらえていない。

誰にも分かってもらえていない。

が疼いているはず。



一見、


悲しみや寂しさや怒りや

そんな「ざわざわ」の向く先は、

特定の人物に向けてのような気がするもの。


それは例えば、

旦那さんだったり、彼氏だったり、

奥さんだったり、彼女だったり、

親だったり、子どもだったり、

会社の同僚だったり、上司だったり、

親友だったり、友達だったり、

様々な自分以外の他者。



でもそれは一つの現象に過ぎず、



根本には、


私はもっと素晴らしい

し、

私はもっと素敵だ

し、

私はもっと輝いている

し、



どんな私も認めて欲しい。

どんな私も分かって欲しい。



そんな疼きが根源にあるんじゃないのかな?



だから、

特定の他者にそれを求め、

受け入れられて初めて安堵し、

幸せを感じることが出来る。



その逆は・・・



でも、

これこそ皆んなが知っていること。



誰にでもに

ありのままの自分を

受け入れられるなんてことはない。



何故それを知っているか?



そう。

自分もそうだから。



全ての人を、どんな人でも

あなたは受け入れられる?



それは残念ながら無理。



でも、



自分の根源には、

誰にでもに受け入れられたいって

疼きがある。



人間の矛盾がここにある。



「ざわざわ」の本当の正体は、



『承認欲求』



自己承認出来得る人でもそれは完全ではなく、

他者承認も多少は必要なものです。


ましてや、


自己承認が出来得ない人は

自他分離から初めて、

長い道のりを学ばなければならない。

又、学ばなければ、

生きづらさはずっとこの先も

続いてしまうかもしれない。



だから、



今、

まず出来ること。



1.「ざわざわ」に、もしくは、「ざわざわ」が

来たら、無視せずに、

何が言いたいのかを「ざわざわ」に

そっと優しく聴いてあげて。


2.ただ聴いてあげるだけでいい。

ただ、「ざわざわ」を嫌なものとせずに

ただ、認めてあげて。

『居るね。来たね。』ってね。

いつもあなたがやっているような解釈や理屈を

入れても、自己矛盾なんだから答えはないよ。


3.自己開示をして自分を広げてあげて。


分かって欲しい。

知って欲しい。

愛して欲しい。


隠さず誰かにさらけ出してあげて。

さらけ出すことにより随分と

「ざわざわ」は減るはずだから。



ここまでやったら、



自己承認の幅を広げる学びをスタートするか

どうかを決めたらいい。



「ざわざわ」も大切な僕たちの一部です。



仲良くしてあげてくださいね。

お願いしときます^ ^