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幸せ

生き方


かねがね

最後、この世を去る時に、

「ああ!幸せな人生だったなー!
もう思い残すこともないやー」

って思いたいなと考えていました。


でも、

今は少し違います。


ゴール地点を先にして、
(いつがそのゴールかは誰にも分からないが)
お茶を濁していたのでは?
って感じたからです。

よくよく考えてみると、

「幸せ」というものは

積み重ね。

つまり、

一瞬、一瞬の幸せの積み重ねが、

結果としての幸せとなるということが

本来的なものであり、

この世を去る時 云々 を言っている時ほど、
自分自身がその時に幸せを感じていないと
ハタと気づいたからです。


あら

先延ばししてるやん(>_<)

ってね。


一瞬、一瞬の幸せを感じるワークで
有名なのが、


干しぶどう^_^


干しぶどうをジックリと時間をかけながら、

その旨味や味わいをユックリと感じていく。

実際にやられた方もいらっしゃるでしょうし、

もしまだだ

なんて方は是非試してみてください^_^


干しぶどうという物質的なものが
もたらしてくれるありがたみと、
その干しぶどうをしっかりと
味わわせてくれる
自分自身の身体のありがたみと、
それらを感じ取れる
自分自身の心のありがたみ。

優しい気持ちと感謝の気持ちが湧いてきます。

優しさや感謝は
利他の概念に繋がり、
誰かの役に立っているって感覚は
幸せに直結します。

20代は利己でいい。
貪欲に成長の為に恐れず利己でいい。
でもその後、30代以降は利他で生きたほうが
いいよってあらゆる分野の人々は言います。

それは、

幸せの方程式とも言えるもの。

他者の利を優先することは、
自分を犠牲にしたりするという意味では
勿論ありませんが、
他者の利を優先する意識を
持つということにより、
自分自身の心の余裕を生み、ゆとりともなり、
アクセクと他者比較をする必要もなくなり、
競争して勝つという意識も薄れ、

それは、

自然体で

干しぶどう

を食べて幸せな人生(今)を感じれる

という恩恵をもたらしてくれるもの。


当たり前のことを当たり前に感じるよりも、

一々幸せに感じていけた方が、

最後は勝手に幸せになっているはず。


一々 幸せ に感じる。


いや、

感じようとしている

って方が正しいでしょうか。


これらの意識を確実にしている時は、

「ありがとう」の回数が明らかに多い

ってことを自分で分かっていますし、

いつもチェックもしています^_^


先延ばしの幸せよりも、

積み重ねの幸せ

って概念。

ご参考まで。

ps
自利利他
自利と利他
自利とは、
自己の修行により得た功徳を
自分だけが受け取ることを言い、
利他とは、
自己の利益の為ではなく、
他の人々の救済の為に尽くすことを言う。
この両者を完全に両立させた状態に
至ることが大乗仏教の理想。
対義語は、
我利我利