なぜ人は人と比べてしまうのか

なぜ人は人と比べてしまうのか


「人と比べてしまうんです。」

 

カウンセリングで

よく聞く言葉です。

 

友人の活躍を見て焦る。

SNSを見て落ち込む。

同年代の成功に嫉妬する。

 

そして最後には、

 

「比べる自分が嫌になる。」

 

という話になることも

少なくありません。

 

世の中には、

 

「人と比べるのをやめましょう。」

 

という言葉がたくさんあります。

 

確かに、

その通りかもしれません。

 

しかし私は、

その言葉に少し

違和感を覚えることがあります。

 

なぜなら、

 

人は比べるように

できているからです。

 

比べない人はいません。

 

私も比べます。

 

あなたも比べます。

 

むしろ比べることは、

人間にとって自然な働きなのです。

 

では、

なぜ人は比べるのでしょうか。

 

私は、

 

自分を知りたいから

 

ではないかと思っています。

 

私たちは、

自分自身を直接見ることができません。

 

例えば、

自分の顔は鏡がなければ

分かりません。

 

同じように、

 

自分の能力も、

 

自分の魅力も、

 

自分の立ち位置も、

 

他者との関わりの中でしか

見えてこない部分があります。

 

だから人は比較します。

 

比較することで、

 

「自分はどんな人間なのか」

 

を確認しようとするのです。

 

本来、

比較は自己理解のための

道具だったのかもしれません。

 

ところが、

いつの間にか目的が変わります。

 

自分を知るための比較が、

自分を裁くための比較

になるのです。

 

あの人より稼げていない。

 

あの人より評価されていない。

 

あの人より幸せそうではない。

 

すると、

 

「だから私はダメなんだ。」

 

という結論にたどり着いてしまいます。

 

しかし、

少し立ち止まって考えてみたいのです。

 

本当に比較によって、

自分の価値は決まるのでしょうか。

 

例えば、

 

年収が100万円上がったとしても、

自分より高収入の人はいます。

 

フォロワーが1万人になっても、

自分より人気のある人はいます。

 

若く見えるようになっても、

自分より若く見える人はいます。

 

比較の世界には

ゴールがありません。

 

比較を続ける限り、

 

「まだ足りない。」

 

という感覚は消えないのです。

 

だから私は、

 

比べることを

やめる必要はないと思っています。

 

むしろ無理でしょう。

 

それよりも大切なのは、

 

比較の意味を

取り戻すこと

 

ではないでしょうか。

 

比較は本来、

 

優劣を決めるためではなく、

 

自分を知るためのもの

だったはずです。

 

あの人を見て羨ましいと思った。

 

それは、

自分も本当は

それを望んでいると

いうことかもしれません。

 

あの人を見て腹が立った。

 

それは、

自分が我慢しているものを

相手が自由にやっている

からかもしれません。

 

比較の中には、

 

実は

自分自身の願いや

価値観が隠れています。

 

そう考えると、

 

比較は敵ではありません。

 

比較は、

 

自分を知るための

手がかりになります。

 

人は比べる生き物です。

 

だから比べることを

責めなくていい。

 

ただし、

 

比較した結果として、

 

自分を否定する

必要もありません。

 

比べることと、

 

自分を裁くことは、

 

本来別の話

 

なのです。


公認心理師・

津村健司のひとこと

 

「比べるな」

 

と言われると、

余計に比べてしまうことがあります。

 

私たちは人間ですから、

比べます。

大切なのは、

比較の中から

何を読み取るかです。

 

比較を

自己否定の材料にするのではなく、

自分を理解するヒントとして使えたら、

少し生きやすくなるのかもしれません。


ココロテラスのご案内

大阪を拠点に、

オンライン専門で

カウンセリングを行っています。

 

人間関係、生きづらさ、

夫婦関係、

不登校のお子さまを持つ

保護者の方など、

お気軽にご相談ください。

 

答えは、あなたの中にあります。


ココロテラス
https://www.cocoroterrace.info/