認められたい気持ちは弱さなのでしょうか
「もっと
認めてほしいんです。」
そう話される方は
少なくありません。
職場で頑張っているのに
評価されない。
家族のために尽くしているのに
感謝されない。
誰かのためを思って
行動しているのに、
その気持ちが伝わらない。
そんな時、
人は寂しさや
虚しさを感じます。
しかし同時に、
「認めてほしいなんて思う
自分は未熟なんじゃないか」
「承認欲求が強い人間
なんじゃないか」
と、
自分を責めてしまうこともあります。
私はカウンセリングの中で、
そのような話を
たくさん聞いてきました。
そして思うのです。
認められたい気持ちは、
本当に弱さなのでしょうか。
私たちは
誰かとの
関係の中で育つ。
生まれたばかりの赤ちゃんは、
一人では生きていけません。
抱っこされる。
笑いかけてもらう。
泣いたら応えてもらう。
そうした体験を通して、
「自分は
ここにいていい存在なんだ。」
という感覚を
少しずつ育んでいきます。
子どもになっても同じです。
「よく頑張ったね。」
「ありがとう。」
「助かったよ。」
そんな言葉に喜びます。
なぜなら、
人は
関係の中で生きる
存在だからです。
認められたい気持ちは、
特別なものではありません。
人間らしさの
一部なのだと思います。
承認欲求が
悪者にされる時代
最近は
「承認欲求」
という言葉をよく耳にします。
SNSの影響もあるのでしょう。
いいねの数。
フォロワーの数。
再生回数。
数字によって
評価される場面が
増えました。
その結果、
承認欲求が強い人
=
問題がある人
のようなイメージを
持たれることもあります。
しかし私は、
承認欲求そのものは
悪いものではないと思っています。
誰だって認められたら嬉しい。
感謝されたら嬉しい。
理解されたら嬉しい。
それは極めて
自然な反応です。
問題になるのは、
認められたいことではなく、
認められなければ
自分に価値がないと
思い始めること
なのではないでしょうか。
なぜ
苦しくなるのか
認められたい気持ちが
苦しみに変わる時があります。
それは、
自分の価値を
他人の評価だけで
決め始めた時です。
褒められたら安心する。
評価されたら
機嫌が良くなる。
認められなかったら
落ち込む。
もちろん
誰にでもあることです。
しかし、
それが極端になると、
自分の人生のハンドルを
他人に預けている状態
になります。
相手が
褒めてくれたら価値がある。
相手が
認めてくれなければ価値がない。
これでは苦しくなります。
なぜなら、
他人の気持ちは
自分ではコントロール
できないからです。
認められたい気持ちの
奥にあるもの
私は、
認められたい気持ちの奥には
もっと大切なものが
あると思っています。
それは、
「つながりたい。」
という願いです。
分かってほしい。
受け入れてほしい。
大切にしてほしい。
一人ではないと感じたい。
認められたい気持ちの
根っこには、
そんな願いが
あるのではないでしょうか。
だから私は、
認められたいと思う
自分を責める必要はない
と思っています。
むしろ、
「私は
何を求めているのだろう」
と、
自分に問いかけてみることが
大切なのかもしれません。
人が
その人のまま
生きるために
認められたい。
分かってほしい。
大切にされたい。
そう思う自分を
否定しなくていい。
それは
人として
自然な願いだからです。
ただ、
認められることだけを
人生の目的にしてしまうと
苦しくなります。
他者からの評価は大切です。
でも、
それだけが
自分の価値を
決めるわけではありません。
人は
誰かとの関係の中で
生きています。
だから
認められたいと思う。
それは弱さではなく、
人間らしさなのだと思います。
公認心理師・津村健司
のひとこと
認められたい気持ちを
否定すると、
自分の一部を
否定することに
なるかもしれません。
大切なのは、
その気持ちに
振り回されることではなく、
その奥にある
願い
に気づくことです。
「認められたい。」
の奥には、
「つながりたい。」
という人間らしい願いが
隠れていることが
あるのだと思います。
ココロテラスのご案内
心理カウンセリング大阪
(オンライン専門)
人間関係、夫婦関係、
生きづらさ、
不登校のお子さまを持つ
保護者の方などの
ご相談をお受けしています。
公認心理師・津村健司
臨床経験15年・相談実績4,200件以上

コメントをお書きください